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「あの野郎っ!逃げやがったなっ!!」
そう叫んだのは少し前の事。 そろそろ反省したかと思って様子を見に行ってみると、そこには桜火は居なかった。 よく考えてみれば、縛解の呪文は桜火の得意分野。 俺とした事が失態だ。
「…とにかく見つけて、こっ酷く怒鳴ってやる!」
あいつ…俺の目の届かない所で何してるんだ。 全く。
「どう?気に入ってくれた?」 「っ…」
胸を襲う激しい痛み。 熱くて今にも叫びそう…。
「その印はね、少し違うけど達花にもあげたもの」
しかめた目を開いて自分の胸板を見てみると、そこは血で濡れていて見たこともない傷が出来ていた。
「これは…っ」 「達花のとは違って僕と繋ぐものはないけど、綺麗でしょ。その印」 「…っ…」 「気に入った子にしかあげないものだよ」
痛い。 そんなに深い傷じゃないのに、血が…止まらない。 天使は再生能力に長けているはずなのに…何で…?
「血が止まるまで、多少時間が掛かりますよ」 「!」
突然下りてきた一人が傷を見てそう告げる。 その顔はニッコリと微笑んでいてこの場に似つかわしくない。
「…誰…っ」 「達花」 「ぇ…」 「名前です。今、聞いたでしょう?」
また微笑む。 何で…笑ってるの…?
「そして桜火が探してる人もここに居る」 「!」
何で名前を…。 それに何でその事知って…。
「僕が呼んだから」
その言葉と同時にシャンデリアから下りてくるもう一人の人影。 その人影に俺は見覚えが、あった。
「僕がそう望んだから」 「あなたは…昼間の…っ」 「僕が桜火の探し人だから」 「違うっ」
俺が探してるのは赤髪で金眼の…。
「あぁ、そうか」 「…?」 「今の姿じゃ、分からないのも無理ない」
そう言うとその人は綺麗に笑う。 俺に傷を付けた事なんて、忘れたみたいに。
「“脅威は退き、平穏が再来した。我はもう何者にも侵されない。本来の姿を取り戻す聖者なり”」
呪文…!? この人…天使なの…!?
「どう?探してたんでしょう、僕を」 「赤髪の…金眼…」 「そう。僕が“煉真”」 「……嘘…」
昼間見た時は、天使だって全然気が付かなかった…。 普通なら天使が同じ街に来ただけで気付くのに…。
「僕は特別だから。気配を消すことなんて、簡単なことだよ」 「だから桜火も気が付かなかった」 「そう、だから桜火のパートナーも僕に気が付かない」 「彼は優秀だから少し心配だったんですが、問題なかったみたいですね」 「あ。だからって桜火が優秀じゃないっていう意味じゃないからね」
頭が混乱しちゃって上手く思考が回らない。 何がどうなって、こうなったのか。 昼間に助けてもらった人が、煉真? じゃあ俺はうまく騙されたってこと??
「悪く言えば、そうかもしれないね」 「!」
思考が…読まれてる…?
「昼間会った時に教えてあげたでしょ?僕は他人の考えが読めるって」 「冗談じゃ…なかったの…?」 「うん」
驚いた。 そんな能力、天使にも地上の人間にもあるって聞いたことなんてなかったから。
「でも騙したつもりはないんだ」 「……」 「桜火が僕を探してる。それが嬉しかった。だからここを教えたんだ」 「ここを発つ前に現れてくれて良かったですよ」 「もう少しでここを出る所だったからね」 「……っ」
とにかく…今はこの人を捕獲することに集中しなくちゃ…。 任務がある事を忘れちゃいけない…!
「無理だよ。桜火に僕は捕まえられない」 「!」
…やっぱり、読まれてる…。 嘘じゃ、ないんだ…。
「クス。…嘘じゃないよ」 「っ…!」
どうしよう。 思考を読まれちゃ捕獲するのは難しい…。 このままだと逃がしちゃう…!
「…可愛いなぁ。桜火は」 「…何をふざけた事を…っ」 「ふざけてなんかないよ。本心から言ってる」 「そんな事言われても、嬉しくないっ」 「昼間会った時から桜火の声は聞こえてた。僕のこと綺麗って思ってたよね」 「…思ってない…っ」 「嘘。思ってたはずだ」 「違うっ…」
俺は…。
「でも今は恐がってる。昼間の時よりも」 「それは煉真が急に印なんて付けるからですよ」 「そうかなぁ」 「少なくとも原因の一つではあります」 「クス。…でもそれもいいかもね。綺麗って思われるよりも、恐いって思われる方が強い気がする」
恐い。 それは強い、感情。
「桜火」 「!」 「僕を追いかけて」
さっきまで離れた場所に居たはずなのに。 何で今、目の前に…?
息が触れ合って、酸欠しそう。
「子犬が母親を探すように」
止めて。
「虫が明かりを求めて彷徨うように」
止めてっ。
「愛しい人を、求めるように」
やだっ!
「僕を」
この声に侵されて頭がパンクしそう…っ!
「さがして」
その言葉と同時に視界が揺らぎ始める。 ぼやけて煉真の顔も良く見えない。 なに、この感じ。 凄く…眠い…。
「桜火!!」
そう叫んで飛び込んだ先では、予想も付かない状況が広がっていた。 男が二人。 内一人は両手で桜火を抱えている。
「!」 「…君か」 「誰だお前たちは…!桜火を離せっ」 「そう怒らないで下さい。桜火に危害を加える気なんてありませんよ」
桜火を抱えた男が俺を見て笑う。 何故かその笑顔が気に障ってしょうがない。
「危害を加える気はないだと!?じゃあ、その血は一体何なんだ!!」
血の跡が桜火の胸から腹の辺りまで広がっている。 桜火が怪我をしているのは明白だ。
「これは僕から桜火への贈り物だよ」 「!お前…っ」 「おや。さすがだね。もう気付いたんだ」 「…当たり前だ。赤髪で金眼といったら煉真、あんたの事しか思い当たらない…っ」
早く桜火の手当てをしないと…っ。
「でも頭の中は桜火の事でいっぱいみたいだね」 「!」 「大丈夫。眠ってるだけだから、安心していいよ」
…思考を…読んでいるのか…?
「正解。天界で君が有名なのも理解出来るよ」 「状況の把握が上手ですね」
やっぱり!
「でも僕はここで君と戦うつもりも、捕まるつもりも全くない」 「桜火をどうするつもりだ!」 「そうだなぁ…連れて行きたい気もあるけど、僕は追われる方が魅力的だと思うんだよね」 「魅力的…だと…?」 「うん。愛を感じるからね」 「馬鹿か!愛などそこにある訳がない!!」 「それは君が決める事じゃない。僕と桜火が決める事だ」 「っ!!」 「だけど今回は素直に君に返してあげる」 「いいんですか?煉真」 「うん。だって、彼が可哀相だから」
可哀相!? この俺が!?
「…うーん…気付いていない、といった所かな」 「何がだ!」 「教えないよ。自分で気付きな。僕は気付いてるもの。桜火の存在を」 「……」
意味が分からない。 何が言いたいんだっ。
「この世界でもっとも強く美しく、そして醜いもの」 「煉真、そろそろ時間です」 「分かった。達花、桜火を返してあげて」 「はい」
達花と呼ばれた男は俺の方へと近づくと、桜火の体をゆっくりと地面へと下ろす。 確かに桜火は眠っているようだったが、胸の傷は痛々しく血で濡れていた。
「眠っているせいか血の止まりが通常より遅いようです。早く血を止めてあげるといいですよ」 「!」
そんな事言われなくたって分かってる! 俺は指示されるほど、馬鹿じゃない!!
「…強い感情だね。火のようだ」 「行きましょう、煉真」 「うん」
任務の事は分かってる。 だけど今の俺には桜火を放っておく気にはなれなかった。
「くそ…っ」
…失態続きだ。
「こんな傷…」
血を止めるだけじゃ気が済まない。 傷が付いてるだけでも腹が立つ。 俺が居ない所で怪我するなんて、ましてや傷を付けられるなんて。 そんなの許さない。
「…消してやる。こんな傷」
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